読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

一見して犬がリーダーだと分かる散歩風景

A Walk

ウチの前の道はわんこの散歩道となっていて
毎日たくさんの飼い主さん+わんこ達が通り過ぎていきます。

犬を飼っていると外出先でも車の運転中でも
つい犬との散歩のようすが目に留まります。



中にはお犬さまに連れられてる?風の
一見してリーダー逆転のお散歩風景も見かけます。

犬が引っぱって前を行き、
リードを持った飼い主さんが後ろを歩いている。というか、
犬に着いて行ってます。



かれこれ歴代5匹のわんこと暮らしてきたので
これにはどうしても違和感を感じてしまいます。



すたすた前に進む犬の首が締まらないように・・と、
リードを持った腕はさらに前に差し出してあげて、
犬が立ち止まると飼い主さんもその後ろに止まって
犬の用事が済むまでじっと待ちます。


散歩とは犬が歩きたいように歩かせてあげること。
したいようにするのをじっと見守ること。
になっているような感じです。



散歩中は最初から最後まで
ただ今訓練中!みたいにずっと犬を横につけさせて歩かせるべき
とも私は思いませんが、

歩く場所や道は人が決める。
犬が止まるから人が止まるのではなく
人が止まるから犬も止まる。
ルールは人が決めるのが本来かと思います。



犬の好きなところに行かせる流の散歩の延長線上に
中には犬がどこにオシッコをしようと止めさせられない
飼い主さんがいることも気になっています。(全部とは言いません)

リーダー逆転の弊害のひとつだろうと思います。


犬が決めたんだからと
用を足すまでじっと見て待っているだけ。
ひと様の家の玄関先であろうと
きれいに植えたお花のプランターであろうと平気です。


わが家の前のお花も被害を受けています。
同じように犬を飼っていてほんとうに情けなくなります。

ましてや犬を飼っていない人も犬が嫌いな人もいるんですから
どう感じるでしょう。
逆の立場で
自分の家の前だったらどう感じるんでしょう。




お散歩のときのリードは何のために持っているんでしょうか?

犬をリードするための綱がリードです。
リードを持った人間がリードされている場合じゃないです。

ダメなことはダメとリードで指示すれば(引っぱれば)
犬はちゃんと学習するもんです。



犬なんだから仕方がない。という言い訳は通用しませんよね。
ルールを決められないリーダーの責任です。
リードするべきリーダーが自分自身の役割りに気づいていないこと。
見ていて残念に思います。



しつけ教室と言うのは
犬のしつけと言うより飼い主のしつけ教室です。
モンダイはたいてい犬ではなく人にあります。
私は通ってみてそう思います。

犬を飼うなら一度は通って
犬の本能を理解して関係の構築方法を学んでおくことも
犬を飼う責任として必要ではないかと思います。